豊饒の海、本多の一生に接したのは先日25歳になったばかりの大学院生なわけだけれども、「暁の寺」、「天人五衰」はつらかった。
ちなみに「春の雪」は2011年の半ば、「奔馬」は年の瀬に読んだ。
春の雪の美しさは尋常ではなかった、と思う。春の雪の記憶はすでに曖昧で、清顕・聡子という象徴的な言葉で私の中で保存されているためだろう。劇的でありながら、凡庸な最後が印象的だった。あのとき、この物語は私の中で「物語」から「真実」へと変化したように思う。そして観察者たる本多は私自身と重なり得た。
奔馬は春の雪を読後、しばらく間をおいてから読んだわけであるが、ちょうど春の雪の記憶が曖昧になり、物語の上で本多の記憶が曖昧になるのと呼応して、ますます本多が私自身の振る舞いのように感じられた。勲の激情は25歳になる私には持ち得ないものなのか、本多に自分を映しすぎているためなのか、十分には伝わることがなかった。
奔馬を読後に考えたことは、春の雪を読んだ後の熟成が奔馬を十二分に楽しむことが出来た要因の一つだということだった。転生は20年ごとに繰り返されるのであるから、次の物語もまた奔馬の記憶が熟成(単に忘却と変成であるけれど)されてからであることが望ましいと思って、およそ1ヶ月後に暁の寺を読んだ。
が、暁の寺はつらい物だった。本多の老いと変質。年の瀬に読んだ奔馬との差はなんなのか。繰り返される仏教(輪廻)の要素、そしてインド。もはや本多は私の現在ではなくて、未来を予想する奇っ怪で醜悪な存在に思えた。最も、私は資産を持たないので、本多たり得ないけれど。そして転生はどんどんと本多から離れていくように感じられたのは、私が本多ではなくなった事と関係があると思う。本多はそれに気づいていないようだったが。
そして、天人五衰。本多の老いが感じられて私は天人五衰を暁の寺読後、すぐに読んだ。待てなかったのは、怖かったからかもしれないし、それは事実、そうだったように感じる。
そこには老人の姿があった。本多は転生が自分のまわりになくてはならないということをなぜ信じていたのだろう?暁の寺の最後で感じた「うわごとの欠如」から私と本多の乖離は大きくなるばかりであった。ただ、本多と本多の身の周りに起きることを見届けなければならない、義務感の様のものを感じて読んだ。が、つらい。天人五衰には必要に、執拗に、老いというものが描かれていた。本多は確実に年をとっていた。あれだけ本多に自己を重ねていた分だけ、それは恐怖だった。
読後、あまりの衝撃に今はどうしようもなくうちひしがれているのだが、透は本多の転生ではないかと思えた。生きている人間が転生するというのも滑稽な想像かもしれないけれど。最後は救済であるように思える(思いたい)。ただ、無慈悲な救済だと思うけれど。また、どこか純粋さが欠けていった本多への罰のようにも感じる。そしてやはり本多の人生は真実ではなく、物語だったのではないか。
私の中での本多の存在の真実性は最後に崩壊の危機に立たされたが、やはり、本多は存在したと思う。夢であっても。
三島由紀夫の作品は好きであるとともに危険な香りがする。時が経てば絶対に赤面する文章を書かせる魅力とはなんなのだろうか。
ぜひ皆様も三島由紀夫作品を手に取ってみてください。
まったく、こんなことしてたので、次の作品の作成が遅れています。ごめんなさい。
おお誕生日だったのですね!おめです!
返信削除そして豊饒の海読了、お疲れ様です。
心を揺さぶる小説体験は何ものにも代えがたいと思います。ああ、物語はここまで大きな感情のうねりを呼ぶのだ、と感嘆させられます。快であれ不快であれ心を動かすもの、それこそが素晴らしい物語であり文章であると思いますね。
そして新しい物語を得た李さんが次にどんな物語を描くのか、それも期待してしまいます。
それでは!
コメントありがとうございます。豊饒の海で描かれていたのは輪廻であり、異なる性質の美であり、そして観察者の「変化」です。「変化」「美」というのはこれまで動画シリーズで重要なテーマとして意識することの多かった言葉です。ただ、さすがに三島由紀夫の描く美と変化のスケールは私とは桁が違います。
返信削除物語の人物に自分を置き換えたとき、読み返すという行為は時間を正確にさかのぼることであり、物語の人物には不可能なことです。私は物語に没頭しているほど、読み返すことが躊躇われる性格なのです。今回もおよそ半年かけて本多という人物の一生を追ったわけですが、一度も読み返したことはありません。ですから、物語を消化するという一点に置いては不完全です。一読後の感動を大切にしたいがために二度目が躊躇われるのは良い作品の難点ですね、自分の物になりにくいです。
ということで、なかなか良い作品に触れても活かされませんが、自分の深い部分に影響を与えた作品ですから、いずれその影響がしみ出してくるのかもしれません。
それでは!