ラベル 週末雑感 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 週末雑感 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015/01/17

あらさー

今日はセンター入試ですね。今年は天気も比較的穏やかなようでよかったです。例年、大雪で遅れたりしますから。ずいぶんと昔のことですが、私が受けた時も結構な雪だった記憶があります。


さて、最近は投稿間隔が広くなっていまして、本当は月一ぐらいは投稿できたらなぁと思うのですが、そうでもありません。それでも、投稿がない日が続いても新しいコメントが以前の動画についたり、私のアカウントを新たにお気に入り登録してくださる人がぽつぽつといらっしゃいます。おかげさまで、お気に入りの被登録数2000まであと僅かになりました。ともかくも気にしてくれる人が2000人近くいるかもしれないと思うと、大変なことですね。さしあたって、被登録数2000人を達成したいです。

ここまでの道のりを振り返ると、初投稿が2010年ですから、かれこれ5年目に突入するわけで、当時すでに成人してましたから、四捨五入すると確実に30歳に近いことになります(まだ30ではないのですが・・・)。一時、「アラサー」という言葉が流行りましたが(今でも使うのでしょうか)、少なくとも、自分もそれにふさわしい年齢になりました oh...。
30というと「大人」な響きがあるのですが、私は自分が思っていた大人になったのかなぁと思うと、少し違うような気もしますが、おおよそあっているような気もします。でも、大人だ子供だなんて、相対的なものなのかもしれません。年配の方々の輪に私が行けば、私は子供扱いされるでしょうし、ちびっ子といれば私は大人として振る舞うことになるでしょう。近頃、私の親は子供のようになったと感じることもありますが、人生を折り返して子供に戻っていっているのか、それとも私が相対的に大人に近づいたのか、まだわかりかねます。


幻想郷の面々はみな「少女」なのですが、私が年をとるにつれて描かれる彼女たちは、ますます精神的な年齢が高くなっているような気もします。一度、うんと若くて向こう見ずな彼女たちを描いてみたいものです。大人(古い妖怪)へのあこがれを持つ少女(霊夢や魔理沙)というのも、ひとつありかもしれませんね。

2014/12/27

大掃除

どうも、李花尺です。

年末です。今、大掃除をしています。掃除を始めるとなにやら「スイッチ」が入って妙にこだわってしまうことがままあります。そして、突然スイッチが切れてどうでもよくなることも少なからず起きます。そうすると家は綺麗になったところとそれほどのところのモザイク状になって新年を迎えることになるわけですな。うむ、もっと計画的にやらなければいけない気がします。

そんないい加減な大掃除が終われば新年です。皆様、良いお年を。

2014/12/20

ワンドロ

どうも、先日の寒波は大変でした。風がすごかったですね。


さて、「ワンドロ」というのがあります。お題をもとに1時間で絵を描くというやつですな。twitterではその絵が流れてきたりします。・・・で、こういうのにも何度か挑戦したりするのですが、私にはものすごく難しいものでした(で途中で諦めてやめている)。どうも制限時間があることよりも、一枚の絵でいろんなことを説明するのが難しいと感じます。手書き動画をつくっている身からすると、絵というのは物語の一部であって、物語そのものではないわけです。その前と次の絵があるわけですな。ですから、一枚だけ「絵」を描くというのがものすごくむず痒い感覚に陥るのです。こればっかりはどうしようもないですね。大胆で観念的な構図とか、ポスター向きというか、一枚絵で迫力のある絵を描ける人に憧れますね。そういうことが出来ないので。

そうそう、次は久々にとともシリーズで、地底の忘年会をお送りする予定です。

ではでは。

2014/12/13

動物

どうも、雪が降る季節となりましたね。李花尺です。

最近はニコニコ動画では動物の映像を見ていることが多いです。癒やされますね。金魚を飼っていたことはありますが、それ以上に大きい動物は経験がありません。犬と猫なら猫のほうが好きかも・・・。いや、やっぱり甲乙つけがたいですね。

ただ、私は生き物に触れる経験がほとんどないので、実際になにか大きな動物(犬や猫)を飼った時はものすごく緊張すると思います。そしてそれはきっと相手にも伝わるでしょうから、あんまり二人の関係はいいものにならないような気がします。。。犬さん猫さんにとっても、警戒されながら触られるのは嫌でしょうしね。近頃は、猫カフェなるものもあるようですし、そういったところで鍛えるのもひとつの手かもしれません。


猫とか犬とか暖かいんだろうなぁ・・・

2014/12/06

あらら

先週はお休みしてしまってました。・・・というのも、下書きのまま、投稿したつもりになっていました。いかんですね、きっちりと確認しないと。さてさて、先週はこんなことを書いていました。


#########

愛読というほどでもないのですが、newsweek誌を 読んでいました。開いてすぐの世界の風刺画と一番後ろのTokyo E yeという外国人コラムが 好きだったんです。が、最近・・・といっても半年ほど前になってしまいますが、Tokyo Eyeが終わってしまいました。このコラムは東京に住む外国人のリレーコラムで、10人弱の外国 の方がそれぞれ感じたことを好き勝手に書いている感じでした。政治のこともあれば何気ない風景に関することまで、なんだかんだで日本が好きな外国人の視点というのがとても面白かったのです。なんでおわっちゃったかなぁ・・・ちなみにバックナンバーはこちらから読むことができます(Tokyo Eye)。コラムニスト李小牧さんの痛快な文章も、ブロンコさんの季節を感じさせる文章も、もう読めないのは残念です。思い返せば、コラムニストの方々は私よりよっぽど日本語が旨いですね、いやはや。

以上、ふと思い出したことでした。

##########
と、まぁ、こんな雑多な文章でした。

2014/11/22

紅葉

私の住むところでは紅葉が今、見頃を迎えています。この投稿を書いている11/22は快晴、絶好の行楽日和となっています。淡い青空と紅葉した山々が映えますね。

さて、水上勉作「櫻守」に曰く、桜は緑を背にしたほうが映えるのだそうです。紅葉もそんな気がします。黄色や紅色にそまった山々も、松や杉の濃い緑の対比がところどころにあることで締まって見えるように感じます。なんにせよ、モザイク状に鮮やかな色が配置されている姿はきれいなものですね。

紅葉狩りに行くと、まぁ滅多に居ませんが、紅葉した木々の枝を折ってしまう人が居ます。あるいは紅葉した葉っぱを採ってしまう人はもうちょっと多いかもしませんね。葉っぱを取るぐらいだったら、木のほうからしたら、どうせ落ちるものですからなんとも思ってないかもしれませんが、まだ付いているものですし、自然に落ちるに任せたいものです。以前、友人たちと紅葉狩りに行った時にきれいな落ち葉ばを拾っていたら、笑われてしまいました。 友人曰く、落ちてしまったら色がくすむんだから取ればいいじゃないか、と。友人は落ち葉を拾うことよりも景色(紅葉狩りに来ていること自体 )を楽しんでいるようで、私がちょっと下を向きがちだったのがおかしかったようです。「いや、葉を摘むのルール違反だ」と私が言うと、わけが分からないとまた笑っていましたけどね。

紅葉狩りもいろんな楽しみ方が出来ていいものです。

2014/11/15

晩秋の空

どうも、秋の深まりにお布団からでるのが億劫な李花尺です。

ずいぶんと寒くなりました。日中はまだそこまで寒くないですけどね。でも先日、遠くの山は なんだか白く薄化粧をしていました。それも日中には消えてしまいましたが。・・・雪で思い出しましたが、「色の名前」を造っているときに、ふと東方とは別に違うお話が頭に浮かびまして、それが今でも頭のなかに残っています。私はいわゆるネタ帳みたいなものを持たない、話の芽を書き留める習慣をつけていないので、ふとした思いつきはそのまま消えていくことが多いです。ただ、未だに頭のなかにいるということは、きっと私の中で形にしたい欲求があるのかもしれませんね。

そんなことより、はやくピアノの話を完成させたいのですが、どうも時間が取れず、とれてもなかなか筆が進まないので思った以上に苦戦しています。もう暫くお待ち下さい。本当は11月の頭には投稿できるとふんだのですが、 予定を大幅に過ぎてしまっています。これはいかんですね・・・頑張ります。


2014/11/08

宝塚

どうも、李花尺です。


2014年も残すところ2ヶ月ばかりですが、今になって宝塚歌劇団が100周年を迎えたことを知りました。宝塚歌劇といえば、twitterで「不美人の25箇条」のような教訓を目にしたことがあります。それよりも驚いたのは「清く正しく美しく」という標語が宝塚のモットーであることでした。これは100周年を知ったときに一緒に知ったのですが、いやはや宝塚の言葉だったとは。ちょっと宝塚のファンになりそうです。

「清く正しく美しく」。美しさというのは私が描いていきたい大切な題材ですが、そこに、「清く」と「正しく」を加えると、ずいぶんと若々しいですね。海千山千な大人が「正しく」を使うと胡散臭さがでるように思いますが、清さと美しさに挟まれると本来の「正しさ」の意味を取り戻すような気がします。この標語からは高潔で、無垢で、まっすぐに未来を見据える透明な目を持つ、美しい女性を見ることが出来ますな。本当に素晴らしい標語だと思います。宝塚おそるべし。

女性はかくあってしかるべきかな、とは思いますが、それだけでは世の中つまらないのかもしれません。それに、いざ清く正しく美しい女性の前にたったら、私は逃げ出してしうかもしれません。

2014/11/01

秋桜

薄紅の秋桜が秋の日の・・・どうも、昭和な李花尺です。

 休耕田をコスモス畑にしているところがいくつかありますが、案外背が高いですね。大人でもかくれんぼができるぐらいです。それに、それぞれ微妙に色合いや模様が違って個性がありますね。きれいな花です。なにより、秋桜は道端に一輪だけ咲いていることもあって、その生命力の強さや健気さが魅力です。

 コスモスについてちょっと調べてみると、キク科の植物で学名もCosmos cosmos。言われてみると葉っぱとかは菊っぽいですね。 和名は「アキザクラ」だと思います。桜はバラ科ですけど、まぁ、色合いとか似てますからよしとしましょうか。明治に観賞用として輸入されて、秋の季語として「秋桜」がその当時から用いられている様子。どうも「秋桜」と書いてアキザクラと和名として読む人より、当て字としてコスモスと読む人が多いような気がします。「コスモス」という響きは日本語に馴染みやすいようにも感じますね。シロツメクサ(和名)とクローバーだと若干クローバーを使う人が多いでしょうか。でも、ハルジオンのことをフィラデルフィア・デイジーや「Skevish」という人は殆どいないでしょう。そもそもハルジオンなんて、漢字で春紫苑と書くことができるなんて知らない人も多そうですね。私も昔は向こうの言葉を単にカタカナ表記したものだと思っていました。


 ま、うんちくはおいておきまして、コスモスが秋の風に吹かれて揺れているとなんとなく冒頭の歌を思い出してしんみりする李花尺なのでした。

2014/10/25

新幹線

どうも、秋晴れのもと、部屋にこもっている李花尺です。


とはいうものの、今週はちょいと新幹線に乗る機会がありました。大阪や東京はのぞみもひかりも全部留まりますし、人も多いですから、壮観ですね。一方、地方の駅は真ん中に通過用の線路があって、ひかりやこだまをのぞみがどんどん追い抜いていきます。そんな地方の駅のホームにいたのですが、向かい側のホームにこだまが停まっていて、それをものすごいスピードでのぞみが追い越して、そのあとゆっくりとこだまが発車して、そんなこんなしているうちに自分の立っているホームにひかりが入ってくる・・・。時速300km/hの乗り物がホームに立っている10分そこそこの間に3本も 4本もいったり来たりすると、なんだか私の中の「男の子」が、がぜん元気になります。運転手さんや車掌さんがものすごく格好良く見えてくるわけです(実際カッコイイのですし)。新幹線が入ってくるときの警告音や、停まっていたこだまが再び動き出す際のなんだろう、モーターかインバーターの起動音(?)とか、停車時のエアの抜ける音とか、抑揚を抑えた構内の放送とか、そういったものが私を刺激します。ここまで私の好きな新幹線の要素を挙げてみると、ずいぶんと音に偏ってますね。

ホームではしゃぐにはみっともない歳ですから、平静を装っていますが、やっぱりむりだったので、一枚だけ。

2014/10/18

秋空

朝晩の冷え込みが厳しくなってきました。寒暖の差が大きいのでティッシュの消費量が増えている李花尺です。


近頃は明け方には一桁に近い気温まで下がっているようですが、この間まで半袖でもいいような気候でしたから、タンスの中身の交換がまだ進んでおらず、 服選びに支障がでています。朝のひんやりとした空気は気持ちが良いのですが、まだまだ体は夏が忘れられないのか、気温差にびっくりしているようです。まだ朝霧が雲海のようになるには早いですが、そのうち霧の河が流れる季節が来るでしょう。先日は露がしっとりと降りてススキを濡らし、低い太陽の光を浴びてきらめいていました。河はゆっくりと流れ、山は霞んで遠く、水墨画のような淡い世界が広がっていました。秋の深まりを感じますね。

山々は紅葉が見頃を迎えているのだとか。北のほうはすでに冬支度になっているところもあるようです。この週末はいい天気ですから、どこか紅葉を見に行くのも面白いかもしれませんね。

さて、動画作成の進捗状況ですが、およそ2/3ほど終わりました。10月中か11月の頭には投稿できると思います。今しばらくお待ちください。

2014/10/11

4周年

どうも、先日4周年を迎えました。李花尺です。10月10日は東京オリンピックの開会の日だったのですね、知らなかった。東京オリンピックといえば、「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和でございます」という開会式。2020年にはどうなるのでしょうか。

さて、この1年はあんまり作品を出せませんでしたね。3作品しかありません。やっぱり一度離れるとなかなかペースが戻ってこないものです。忙しいのもありますが。

大学入学ぐらいから投稿したとすると、4年後には社会人です(私の話じゃないですよ)。社会人となると忙しくなるでしょうし、東方の世界に対する興味関心が 高いままとも限らないでしょう。そうすると、ニコニコ動画という一つの場所で4年もなんだかんだ言って作品を投稿し続けることは案外大変なのかもしれません。私はいつの間にか4年経ってしまったと思ってますが。

やりたいことや表現したいことはまだまだあるのに、それを可能にする技術と時間と根性がもう少し欲しいものです。

2014/10/04

彼岸を過ぎて曼珠沙華 の鮮やかな赤が土手を彩るとともに、次第にススキの穂が開き始めました。柿は鮮やかな薄黄に色づき、いよいよ秋の色合いも濃くなってきた今日このごろですね。

今週は近所に流れてる河の話をしたいと思います。その河は昨年、大きな雨がありまして、その影響で河川敷の草木が根こそぎ流されてしまい、今年の春ごろまでは荒々しい爪痕が残っており、砂利と土がむき出しのずいぶんと荒涼とした風景が広がっていました。夏になると徐々に草木が戻ってきましたが、そのほとんどがススキや葦といったものでした。以前はそれに混じってセイタカアワダチソウも生えていたのですが、どうやら勢いが良くない様子。ですので、今年の河川敷はずいぶんとススキの比率が高いです。私としてはススキのほうが好きなので、今年の秋は嬉しいですね。 セイタカアワダチソウは地下茎でも殖えるそうなので、増水で根こそぎ持っていかれることはないと思っていましたし、繁殖力も強いですから、今年は黄色い秋になるのかなぁと思っていただけに意外でした。植生の変化もしっかりと記録をつけていればよいのでしょうが、なにせ感覚的なので実はそんなに去年の秋と変わらないのかもしれません。ただ、ススキの野原がきれいな季節になってきました。

ところでセイタカアワダチソウも、もう少しおとなしい感じであれば、帰化植物としてそんなに嫌われなかったのかもしれませんが、なにせ目立ちますから、いやな外来種としてよく挙げられますね。 シロツメクサなんかはうまく溶け込んでいるような気がします。花輪をつくったり、四つ葉を探したりと、セイタカアワダチソウとは扱いがずいぶん違うように思います。ずいぶんと勝手なような気もしますね。

2014/09/27

わたくしごと

暑さも寒さも彼岸まで。すすきの穂が開き始めましたね、李花尺です。

ここでほぼ毎週、「散文」を書いてそれなりに経ちます。この週末雑感では、感覚的な内容を扱うことが多いですから、あまり論理的な文章ではないです。それに話題と次の話題の間にそれほどしっかりした関係性がないことも多々ありますな。また、同じようなことを言い換えて書くことも多いです。多角的なものの表現といえば聞こえがいいかもしれませんが、ものを伝えるという点においては冗長なことですね。

ここで散文を書き続けたためなのか、論理的なしっかりとした文書を書く能力が落ちてしまったように感じるのです。もっとも、今は以前より高度な文章を書く必要が出てきているので、昔のほうが論理的な文章を書く能力が高かったというよりも、成長していないだけかもしれませんけどね。


・・・こういう結局なにが原因なのかはっきりしない文章がいけないのです。でも、そんなのわかりませんよ。

という、愚痴で本日は終わり。

2014/09/20

本草図譜

どうも、先週はおやすみしました、李花尺です。


先週は3連休、ちょっと忙しかったので、おやすみしました。2週間ぶりという事になりますが、その間に私の近辺はずいぶんと秋らしくなりました。朝夕はめっきり涼しくなり、半袖では少し肌寒い様子です。季節の変わり目ですから、皆様、体調には気をつけてくださいね。


さて、世の中便利なものでして、著作権の切れた本をデジタルで手に入れることができます。青空文庫などが有名ですね。ibooksにも古い名著などをダウンロードできるのですが、面白いものを見つけました。

「本草図譜」

といいます。残念ながらibooksにはすべて揃っているわけではないですが、一部を見ることが出来ます。これ、いろんな草花の絵と簡単な説明が描いてあるだけのものなのですが、色使いとか配置が面白い。特に配置が面白いですね。図鑑というからにはその草花の全体像を描写する必要があるとおもうのですが、大胆に「よって」ます。もちろん、全体を描写しているのもありますけどね。切り取り方が秀逸なものが多い気がしますね。構図の参考になるのかもしれません。各ベージでいろんなパターンで草木が配置されているので、飽きません。

PCの壁紙に向いているかもしれませんね。

2014/09/06

河の話

どうも、ここにきて蚊に刺されることが多い気がしています、李花尺です。

 私は海のある小さな町に育ち、そこには大きくはないですが河が流れ込んでいます。その河口から1kmほど上流で、河はゆるやかな曲線を描いて瀬と淵を作っており、両側の河川敷と中洲には葦やススキが生い茂る場所があります。そこではもはや勾配と呼べるものはなく、雨と風のない日はほとんど水がとまっているように見えます。

海はどんなに穏やかでも小さな波がありますから、それに比べて河の静かなこと。かげろうが水に落ちただけで波紋が伝わっていきそうなその静けさは、本当になにか変化が起きるまで見続けなければいけないような気がして、少しだけ怖いものがありますね。

以前、川(と湖)で泳ぐのは怖い、という話をしましたが、こういった「止まった」感じが怖いのも関係しているのかもしれません。ただ、河が嫌いなわけではないですよ。海が親しみ深いのなら、河は畏怖の対象という感覚に近いのかもしれません。

2014/08/30

人混み

どうも、ずいぶんと涼しくなってうれしいのですが、どうも天気が悪いのでお米の出来が心配な李花尺です。

さて、今日はちょっとアウトレットモールに買い物に出かけていました。秋ものが出ているかと思ったら、夏もの最終バーゲンをやっていましたけどね。私は田舎者ですが、たまに都会(というよりも人混み)に行くのは嫌いではないです。いろんな人がいますからね。両手いっぱいに買い物ぶくろを持っている女性たち、手持ち無沙汰な感じのお父さん、カップル、ちびっこ、犬・・・。見ているだけで面白いです。
 あと、雑然とした人混みにはなんの統一感もありませんが、だからこそ、なんだか安心できる面もあります。田舎はどこかに知った目がありますからね。自分がだれでもなくなると言いましょうか、買い物をしている人Aになることができるのは都会ならではのことだと思います。
 かといって、あんまり田舎ほど美しさも感じないので、私にとって長居は無用です。都会と田舎、どちらにも良い点がありますし、どちらが好きでも構わないのですが、たまには都会(または田舎)に行くと、いろんな発見があって面白いと思っています。

 そのうち、都会ならではの「美しさ」を発見したいですね。

2014/08/16

甲子園

どうも、お盆休み中の李花尺です。

 夏といえば甲子園。なんだかんだで見てしまいます。内野ゴロ一つでもハラハラする高校や、併殺を華麗に決める高校もありまして、見ていて飽きませんね。昨今は投手の投げすぎが問題になっているようですが(NYヤンキースの田中投手の怪我の原因の一つにも挙げられれているようですね)、今年の先発完投よりも継投をする高校のほうが多いように感じます。球数が増えたから、酷使を避けるために交代というよりはピンチになったので交代、という理由が多そうですけど。 今年は雨の試合が多くて、イレギュラーなバウンドやボールが滑るなどのハラハラする要素が多いように思います。
 どこが優勝するかはわかりませんが、どのチームも歴史を重ねていくと思うと感慨深いです。

2014/08/09

実家

なんだかんだでお盆休みも近くなりましたね。雨のようですが。
どうも、李花尺です。

盆休みを控えて、今週はちょっと実家に関連する話題をば。
 実家の居間にはアクリルケースに入った日本人形が飾ってあります。ケースの中には小さなガラスのコップ(一輪挿しかな?)が置いてありました。それに少しだけ水が入れてありまして、まぁ、今思うと湿度の調整のために入れてあったのだと思います。幼い頃、母がケースの中のコップに水を足しているのを見ていて、どうしてそんなことをするのか聞きました。確か「お人形さんが飲むのよ」と教えてもらったと思います。「お人形さんは恥ずかしがり屋さんだから夜にこっそり飲むのよ」とも言っていた気がします。その当時、私は「なるほどお人形さんも喉が渇くのか・・・」と水のなくなったコップをみて妙に関心したものです。人形が夜にこっそりと水をのむことは不思議と怖くなかったですね。実家には神棚があって、毎日ごはんと水をお供えしていたので、そういうものだと思っていたのかもしれません。

もちろん実家に、その人形はきちんといます。今でも水を飲んでいるのでしょうか。

2014/08/02

どうも、昨日は住んでいる街で花火大会がありました。
今年は風がなくて硝煙で花火が霞んで見えました、残念。

さて、夏は虫取りの季節だったわけですが、しばらく虫取りをしないとどうもコツを忘れてしまっていてうまくできません。昔はセミぐらいアミがなくてもとれたはずなのですが。バッタは案外やらかいのでつまむ力を調整しないとおぞましいことになってしまいます。でもよく思い出してみたら、昔もひどいことしていたような・・・。その点、甲虫は硬いからいいですね。捕まえやすいです。


というのも、先日、夜道(となりは山)の街頭の下にクワガタを見つけました。かっこいいですね。世の中の少年たちは夏休みです。